(出典 upload.wikimedia.org)

三方ヶ原での徳川忠臣どもの逸話はなかなか…


1 名無しさん@おーぷん :20/07/13(月)12:09:33 ID:g9J

鳥居強右衛門とか土屋昌恒みたいなお話すこやで

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2 名無しさん@おーぷん :20/07/13(月)12:10:42 ID:tOA

ノッブのお手紙定期


5 名無しさん@おーぷん :20/07/13(月)12:11:39 ID:g9J

>>2
現代人と感覚近くて親近感わくわね


3 名無しさん@おーぷん :20/07/13(月)12:10:44 ID:jJ8

足利義輝定期


4 名無しさん@おーぷん :20/07/13(月)12:10:59 ID:g9J

>>3
聞かせてクレメンス


7 名無しさん@おーぷん :20/07/13(月)12:12:57 ID:jJ8

>>4
足利義輝は永禄8年(1565年)5月19日、久通と三好三人衆は主君・三好義継(長慶の養嗣子)とともに清水寺参詣を名目に集めた約1万の軍勢を率い二条御所に押し寄せ、将軍に訴訟(要求)ありと偽り、取次ぎを求めて御所に侵入した(永禄の変)。
義輝は自ら薙刀を振るい、その後は刀を抜いて抵抗したが、敵の槍刀で傷ついて地面に伏せられたところを一斉に襲い掛られて殺害された[注釈 4]。
最期は寄せ手の兵たちが四方から畳を盾として同時に突きかかり殺害したとも、または槍で足を払われ、倒れたところを上から刺し殺されたともいうんやで。


9 名無しさん@おーぷん :20/07/13(月)12:13:49 ID:g9J

>>7
うーんなんというか感動できるはなしが見たいんよね


12 名無しさん@おーぷん :20/07/13(月)12:14:17 ID:jJ8

>>9
そっちの熱くなるかよ草


13 名無しさん@おーぷん :20/07/13(月)12:15:24 ID:g9J

>>12
いやなんかその文やとただ殺されたぽく見えるというかね…


14 名無しさん@おーぷん :20/07/13(月)12:16:41 ID:jJ8

>>13
お飾りとは言え時の将軍様が自らのコレクションの刀床に刺して四方八方から来る敵を斬り伏せるも最後は多勢に無勢で死ぬとか熱くならんか?


17 名無しさん@おーぷん :20/07/13(月)12:18:47 ID:g9J

>>14
なんというか
やっぱり手柄というかね
うっかり殺された感否めず


20 名無しさん@おーぷん :20/07/13(月)12:20:32 ID:jJ8

>>17
ワイはなかなか熱くなったんやけどイッチのお眼鏡には合わんかったか


22 名無しさん@おーぷん :20/07/13(月)12:21:07 ID:g9J

>>20
すまん


24 名無しさん@おーぷん :20/07/13(月)12:21:35 ID:jJ8

>>22
ええんやで


8 名無しさん@おーぷん :20/07/13(月)12:13:05 ID:g9J

強右衛門わからないj民のがおおいんかな?


10 名無しさん@おーぷん :20/07/13(月)12:13:50 ID:5DU

つ…強右衛門


11 名無しさん@おーぷん :20/07/13(月)12:14:14 ID:t09

松永久秀
頭良い、運動神経良い、容量良い、性格良い
貴族の身分ではなかったけど織田信長が憧れるくらいまでの人物に成り上がった
しかし信長の嫉妬で史上初の爆死


16 名無しさん@おーぷん :20/07/13(月)12:18:39 ID:dzb

夏目吉信

家康に仕えた武将
三方ヶ原の戦いで負けた際に、家康が決死の突撃をしようとするのを押しとどめ、強引に馬の向きを逆に変えて尻を叩き逃げさせた
代わりに自らが武田勢に突撃して討死した

夏目漱石の先祖という


(出典 zazamag.com)


18 名無しさん@おーぷん :20/07/13(月)12:19:26 ID:g9J

>>16
こういうのよこういうの
ぐう熱い


19 名無しさん@おーぷん :20/07/13(月)12:20:29 ID:tOA

一条信龍「四天王筆頭の山県さんチビの癖して強いなぁ ワイも強くなりたいなぁ。どうやったら強くなれるんやろう。秘策とかあるんかな」

信龍「山県さん山県さん 強くなれる秘訣教えてや」
山県「ンなもん簡単やで。初陣の頃って緊張しまくって余計に気が立っちゃうもんやろ?それを常にやればええ。いつでもどこでも初陣の心で挑むんや」

信龍「なんや意外と普通やな」(はえ~すっごい)


26 名無しさん@おーぷん :20/07/13(月)12:22:21 ID:g9J

>>19
後になって言葉の意味を理解したんやなぁ


21 名無しさん@おーぷん :20/07/13(月)12:20:47 ID:Jsr

九戸政実
東北の誇りのために5000人で100000人の豊臣軍と戦った。


23 名無しさん@おーぷん :20/07/13(月)12:21:22 ID:g9J

>>21
して内訳は?


28 名無しさん@おーぷん :20/07/13(月)12:24:04 ID:Jsr

>>23
善戦したけど蒲生氏郷の裏切りによって一族撫で切り
でも結果的に南部藩は生き残った


31 名無しさん@おーぷん :20/07/13(月)12:25:24 ID:g9J

>>28
はえ~
そこらへん詳しくしりたいからあとで調べるわ


25 名無しさん@おーぷん :20/07/13(月)12:21:41 ID:5DU

信康さんが切腹する時に
「謀反のことのみは無実だで、親父様に伝えてくりょう」
と介錯役の服部半蔵に頼んだがそれを聞いて半蔵は涙が止まらなくなりどうしても刀を振り下ろせなかったみたいな話?


27 名無しさん@おーぷん :20/07/13(月)12:23:36 ID:g9J

>>25
せやせやそういうの
あとはだれかを生かすための戦いとかも熱いわね


29 名無しさん@おーぷん :20/07/13(月)12:24:24 ID:WIp

最上義光
だまし討ちで勢力伸ばしたら報いなのか子供が大体不幸に見舞われる


30 名無しさん@おーぷん :20/07/13(月)12:24:50 ID:g9J

毛利勝永が家族に説得されて大阪城に参陣する話とかみたいな


32 名無しさん@おーぷん :20/07/13(月)12:26:21 ID:tOA

http://iiwarui.blog90.fc2.com/
いつもの


40 名無しさん@おーぷん :20/07/13(月)12:33:43 ID:jJ8

>>32
こんなんあるんか
さんがつ


33 名無しさん@おーぷん :20/07/13(月)12:26:45 ID:OhD

大久保 忠行

戦で負傷してから足が不自由になったので家康から菓子司に任じられる
家康は大久保の作った菓子だけは毒味せずに食したと言う

何故か江戸の上水工事を任されて神田上水の基礎を作った
これが日本で最初の水道


35 名無しさん@おーぷん :20/07/13(月)12:29:29 ID:g9J

>>33
初期のほうの忠臣やからな上司部下の関係越えとる。
胸が熱くなる


34 名無しさん@おーぷん :20/07/13(月)12:29:05 ID:dzb

酒好きの福島正則は広島から江戸まで名酒を届けさせていた
あるときその船が遭難し、八丈島まで流されてしまった

家臣たちが船を修理しているとある老人が話しかけてきた
「しばらく本国の酒を飲んでいない、少し分けてくれないか」
その、身なりはボロいが妙に品のある老人に同情した家臣は独断で酒樽を譲った

江戸に着いた家臣がそのことを福島正則に報告すると
「それは宇喜多殿に違いない。酒を譲らなかったらワシの面目が潰れるところだった。よくやった」と褒められたという


文章下手ですまんがだいたいこんなエピソード


38 名無しさん@おーぷん :20/07/13(月)12:32:41 ID:g9J

>>34
良き将のもとには良き兵があつまるんやなって


36 名無しさん@おーぷん :20/07/13(月)12:29:57 ID:dUf

七難八苦みたいな?

(出典 cdn-ak.f.st-hatena.com)


39 名無しさん@おーぷん :20/07/13(月)12:33:43 ID:g9J

>>36
せや

その人はすこしくらい報われてほしかったンゴね


41 名無しさん@おーぷん :20/07/13(月)12:35:10 ID:Jsr

>>39
山中鹿之助の子孫が鴻池財閥やしまあええんちゃうか


37 名無しさん@おーぷん :20/07/13(月)12:30:51 ID:WKK

???「これはいい茶器ンゴ、うっとりするンゴ」
茶器「ツルッ」
???「ファッ危うく茶器落としそうになったンゴ間一髪でキャッチできたンゴ・・・!!!」
???「・・・」
???「茶器のくせにワイを慌てさせるとはなんじゃコラァァァ!!!!(茶器タタキワリー)」

https://www.kk-bestsellers.com/articles/-/4050/


42 名無しさん@おーぷん :20/07/13(月)12:35:20 ID:1M2

彡(-)(-)「ほなまた…」
弟達「兄者くたばりおった。まぁええか。」
商人「彡(゚)(゚)様としか取引せんで。あんたらちと信用出来ん。」
弟達「兄者ぁー!帰ってきてぇー!」


43 名無しさん@おーぷん :20/07/13(月)12:38:42 ID:g9J

>>42
これだれや?


44 名無しさん@おーぷん :20/07/13(月)12:38:57 ID:tOA

>>43
毛利隆元


45 名無しさん@おーぷん :20/07/13(月)12:40:13 ID:g9J

>>44
はえ~弟もそれなりに有能やなかったか?


46 名無しさん@おーぷん :20/07/13(月)12:41:39 ID:tOA

>>45
弟は小早川隆景と吉川元春やな
二人がクソ有能過ぎたせいで隆元のメンタル病み気味だったらしいで


48 名無しさん@おーぷん :20/07/13(月)12:42:57 ID:g9J

>>46
なんか現代でも普通にありそうな家族関係やな
でもそういう劣等感があったからこそ人の気持ちを察することにたけていたんやろなと思う
島津四兄弟もそんなかんじやし


47 名無しさん@おーぷん :20/07/13(月)12:42:47 ID:1M2

>>45
有能
やけど見下していた兄は調整役としてぐう有能
見下し半端なかったから元就直々に兄弟仲良くしろと説教しとる

なお小早川隆景は輝元を折檻するくらい強く躾けたが、輝元は反動か無能になった


56 名無しさん@おーぷん :20/07/13(月)12:55:13 ID:g9J

>>47
信長みたいに反発しあったり
信玄みたいに息子処断したり
そういうのってその家の気質がよーでるわね
毛利家は和な風潮


61 名無しさん@おーぷん :20/07/13(月)13:00:09 ID:1M2

>>56
武断派の次男、自分そっくりな三男と比べて可愛くて仕方なかったんやろな長男が


52 名無しさん@おーぷん :20/07/13(月)12:47:11 ID:XA6

本当か知らんが真田が大阪城入りで
家康「父か子か?!」は熱いと思う


54 名無しさん@おーぷん :20/07/13(月)12:51:05 ID:g9J

>>52
多分昌幸のほうが怖かったんやとおもう
徳川方敗走させまくってるしね
昌幸といえば稲姫がおもてだって追い返して
あとでこっそり孫の顔見せる話はすこやな


57 名無しさん@おーぷん :20/07/13(月)12:57:16 ID:Jsr

ひとごろしで胸が熱くなるといいのもいまいちわからんけどな


62 名無しさん@おーぷん :20/07/13(月)13:00:16 ID:g9J

>>57
ただの人殺しならせやな
何かを守るためってのは重要かも
その点強右衛門はええで
それになる仮定で(おそらく)人を殺すことなく英雄になったんやから

あとただの平民の話でいうなら穀田屋 十三郎がぐっとくる


64 名無しさん@おーぷん :20/07/13(月)13:01:09 ID:jJ8

>>57
いつの時代もお涙ちょうだいの話は人が死ぬ話ばっかや


66 名無しさん@おーぷん :20/07/13(月)13:03:53 ID:1M2

>>64
ノッブ「また馬頼むで!」(頼んだとは言っていない)
謙信「彡(゚)(゚)、お前どういうこっちゃ。」
彡()()「ヒェッ!ワイは知らんですよ!」
謙信「やかましいわ裏切り者が!」(ズバー)

彡()()「ワイは無罪ですよお屋形様ー…」
謙信「あれから毎日彡(゚)(゚)が夢枕に立ちよる…ストレスでワイが死にそうや」

柿崎 景家(かきざき かげいえ)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将。越後国の戦国大名・長尾氏(上杉氏)の家臣。柿崎城、猿毛城城主。七手組大将の一人。 永正10年(1513年)、越後の国人である柿崎利家の子として生まれたといわれる(生年には異説もある)。 はじめ長尾為に仕え、為
7キロバイト (1,009 語) - 2020年5月25日 (月) 12:12

69 名無しさん@おーぷん :20/07/13(月)13:06:33 ID:jJ8

>>66
安価ミスしてへんか?


70 名無しさん@おーぷん :20/07/13(月)13:07:20 ID:1M2

>>69
ある意味お涙頂戴の話や


63 名無しさん@おーぷん :20/07/13(月)13:00:21 ID:KvI

のぼうすこ


65 名無しさん@おーぷん :20/07/13(月)13:02:30 ID:g9J

>>63
すこ
ハッピーエンドやしな


67 名無しさん@おーぷん :20/07/13(月)13:06:07 ID:DwD

マッマ「何ぃー、夫が主君に謀叛の疑いかけられて切腹させられたやとー??」
部下「は!確たる証拠もなく切腹とは許せませぬ」
マッマ「何という恥知らず!裏切るなら堂々と、忠義を尽くすなら疑われないようにせなアカンのに、家名を汚しおって」

マッマ「ええか、統常!お前は家名を回復せなアカンのやで」
統常「はい、母上!某、勇猛果敢に戦い、城を枕に討ち死にする所存」
マッマ「は?覚悟が足らんやろ」


72 名無しさん@おーぷん :20/07/13(月)13:09:47 ID:DwD

>>67続き
マッマ「ええか、統常!今からお前に覚悟を植え付けるやで」
統常「それはどんな?」
マッマ「ここに統常の弟たちがおる!妾の大事な子供たちや」
統常「はい、某も可愛がっておりもうす」
マッマ「死ね!!」ザシュザシュザシュザシュ

部下「ひえ・・・(弟全員殺しおった・・奥方さまが乱心なされたで)」


76 名無しさん@おーぷん :20/07/13(月)13:16:01 ID:DwD

>>72続き
統常「・・・・」
部下「奥方さまはご乱心なされた様子、ここは心穏やかにご出陣の準備を」

統常「感動したーー!さすが母上や!!」

統常「せや!我が家に伝わる家宝全部燃やせーー」

統常「全て思い残すもん無くなったな、、、これより戸次家家中全員討ち死に致す!逃げ帰ることは許さん!!」


そのご、数万の島津軍に突っ込んでいき、何回か押し返したが、最終的に100騎全て討ち死にしたとさ

戸次 統常(べっき むねつね)は、安土桃山時代の武将。大友氏家臣。大友氏庶流・戸次氏の第17代目当主。鎧ヶ岳城主。異説では臼杵氏からの養子ともされる。 戸次鎮連の長男として生まれる。主君大友義統と父鎮連より一字ずつ賜り、初名を連と名乗る。しかし鎮連は田原紹忍が重用されるのを怒り、島津氏に内応したと
6キロバイト (830 語) - 2020年6月18日 (木) 07:48

78 名無しさん@おーぷん :20/07/13(月)13:21:05 ID:1M2

>>76
九州の武将ってガイジ多すぎんか


79 名無しさん@おーぷん :20/07/13(月)13:23:50 ID:g9J

>>76
無敵の人は強いというかやばいのは今も昔も変わらんね


80 名無しさん@おーぷん :20/07/13(月)13:31:16 ID:DwD

>>78
>>79
島津側の投降の呼びかけは全部ガン無視やったらしいからな
最初は島津もドン引きしてたらしい


81 名無しさん@おーぷん :20/07/13(月)13:33:02 ID:1M2

>>80
そら引きますわ


100 名無しさん@おーぷん :20/07/13(月)14:54:02 ID:ClO

>>80
島津が引くの草


93 名無しさん@おーぷん :20/07/13(月)13:47:58 ID:2F9

ほっこりする話どこ行った


97 名無しさん@おーぷん :20/07/13(月)13:52:53 ID:1M2

>>93
立花宗茂「あいた!栗踏んでもうた!棘を抜いてクレメンス。」
部下「道雪様の命令や。許してクレイトンカーショー」(ぐりぐりぐりぐり)
宗茂「!?!???!!!!(アカン、悲鳴上げたら折檻される!)」




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