(出典 kotobank.jp)

伊藤博文や山形有朋などの元長州藩士に限って言えば、
学んだとされる松下村塾って、よっぽどスゴイとこだったんだな、とw

薩摩の方々は・・・
斉彬公の先見の明の影響かいな?

松下村塾(しょうかそんじゅく)は、江戸時代末期(幕末)に、長州萩城下の松本村(現在の山口県萩市)に存在した私塾である。 吉田松陰が同塾で指導した短い時期の塾生の中から、幕末より明治期の日本を主導した人材を多く輩出したことで知られる。 1842年(天保13年)に松陰の叔父、玉木文之進が八畳一間の私塾を
8キロバイト (1,244 語) - 2021年4月16日 (金) 14:02


1 名無しさん@お腹いっぱい。 :2012/03/06(火) 20:11:20.64

留学未経験、論語とかカビの生えたような学問しかしたことなかった連中でも、明治維新で役人になって
留学やらさせられてほんの数年で憲法作ったり、近代法に則った裁判したり、海外列強国と
まともに外交したり、高度な数学用いた経済政策を執り行ったのは驚異的。

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10 名無しさん@お腹いっぱい。 :2012/04/06(金) 09:21:55.03

>>1
>>論語とかカビの生えたような学問しかしたことなかった連中

・・・維新政府の高官になるような連中なら当然蘭学をやっていただろう。

 ここがシナ・朝鮮とは一味違っていたところだ。


15 名無しさん@お腹いっぱい。 :2012/04/09(月) 19:59:16.22

>>1
>>論語とかカビの生えたような学問しかしたことなかった連中

・・・当時のシナ・朝鮮がそうだったから植民地にされたな。


55 名無しさん@お腹いっぱい。 :2015/10/22(木) 14:20:42.88

>>1
明治維新直後は税と内政がめちゃくちゃで反乱とか大きかったんだよ

例えば有名な地租改正なんかだと江戸時代は完全に15-20%の税率(納税者所得で30%、平均15%)の支出と歳入だったんだけど
悪地租改正で最低でも平均22-25%、農民ベースで50%で増税したんだ

しかもこれ段階的でも布告もなくいきなり始めるんで、桂が「大久保は頭おかしいんか?」ってびっくりして反論するんだよ
で当然暴動起きるんだけどあの時地租一揆で10万規模が蜂起する
実質乱や内戦手段における紛争一揆じゃなく、単純な農業蜂起の準一揆だと日本史最大規模の一揆だよ
でぶるって税率下げ直すんだよ

明治よかったはブロパガンだで司馬史観中心の賛美と事実の隠蔽からくるプロパガンダ
現実には維新と官軍はボロクソ叩かれた。維新は非常に否定的にみられてペストの大流行もあって
明治20年くらいまで情勢は不安定だった。
維新前よりも明治中期までのほうが社会は荒廃して情勢は不安定だった


57 名無しさん@お腹いっぱい。 :2015/11/30(月) 13:45:20.13

>>1
それ解釈の誤り

①事実上の近代化のステップは吉宗以降の江戸期に踏んだ
②明治になって何もする前にすでに渡米と式学できる水準になってることがすごい
③渡米は最終ステップで個人の力や明治の力によらない


61 名無しさん@お腹いっぱい。 :2016/12/02(金) 02:38:59.87

>>1
明治維新がなまじうまく行き過ぎたから、
日本の左翼連中は馬鹿を延々と繰り返すようになったのだな。
とにかく権力を握れば後はどうにかなると言ってなww
他の国を見ると、あれは本当に奇跡だと割り切らないとダメだよな。


4 名無しさん@お腹いっぱい。 :2012/03/07(水) 02:59:02.76

要はやれると信じて、具体的に行動すること。


6 名無しさん@お腹いっぱい。 :2012/03/27(火) 18:28:00.72

これは思う


7 名無しさん@お腹いっぱい。 :2012/03/30(金) 15:10:09.80

ルソーの思想を既成のことば(論語など)で語り自由民権運動に一役買うとか
そういうカビの生えたものが豪農や商人レベルでも共有できたことがポテンシャルの秘訣だろう

ワカランチンなら偉い役人がなんか言ってる?でスル~だべ


17 名無しさん@お腹いっぱい。 :2012/04/10(火) 19:42:58.93

>>7
豪農や商人たちのレベルも高かったと思う


8 名無しさん@お腹いっぱい。 :2012/03/30(金) 15:19:09.62

外交なら管理貿易時(鎖国)でもやっているし
数学も和算というキッカケもある

近代法ではないが法規範や判例、慣習に則るという意味では
武家諸法度などの法度や公事方御定書などがありノウハウもある


9 名無しさん@お腹いっぱい。 :2012/04/05(木) 22:33:37.94

いやー
江戸時代と近代は
全然違うよ?


11 名無しさん@お腹いっぱい。 :2012/04/06(金) 09:25:24.71

蘭学=オランダ語≒ドイツ語≒英語だからな。

 ドイツ語、英語へ移行するのも早かった。


12 名無しさん@お腹いっぱい。 :2012/04/07(土) 02:36:36.53

諭吉センセは漢学→蘭学→英語
国学はやらなかったらしい。

米国代表団との交渉に混ざった林センセは漢学の権威じゃありませんか!
国際法やら海外情勢やら引用して理詰めで交渉するのはスゲーw


13 名無しさん@お腹いっぱい。 :2012/04/07(土) 20:54:19.66

>>12
漢学も語順が英語に似ているので語学には役立っただろうな。


16 名無しさん@お腹いっぱい。 :2012/04/10(火) 07:35:32.14

現に、幕府が国教として採用した朱子学に凝り固まった連中(江戸時代のエリート層)は
維新後も糞の役にも立たないばかりか老害全開で日本の発展を阻害してた。
高度な海外の文物を素早く吸収して維新後の日本を飛躍的に発展させたのは、
海外の情報に触れ元から幕府の言うことをあまり本気にしてなかった
長州あたりの西南の外様藩の連中や、幕臣の中でも朱子学に対する信仰心が薄いとして
干されていた連中等、江戸時代には劣等生だった連中だった。


18 名無しさん@お腹いっぱい。 :2012/04/11(水) 00:27:15.39

>>16
正統から外れていたというだけで、劣等生は言いすぎ。それに福沢諭吉
なんて漢学、儒学の素養もあったと聞く。翻訳で活躍した人は総じて漢学
の素養豊かな人たちだったんじゃないかなぁ。


27 名無しさん@お腹いっぱい。 :2012/04/18(水) 08:41:40.20

>>18
>>翻訳で活躍した人は総じて漢学の素養豊かな人たちだったんじゃないかなぁ。

・・・翻訳者なら西欧語と日本語(漢学・国学)とも素養豊かでなければ勤まらんだろ。


20 名無しさん@お腹いっぱい。 :2012/04/11(水) 19:34:27.16

幕末なら漢学いうても朱子学などより欧米宣教師が作った欧米文化のシナ語訳みたいな実用書が主体だっただろう。

 欧米列強のアジア進出時代に儒教などクソの役にも立たんからな。


21 名無しさん@お腹いっぱい。 :2012/04/11(水) 20:10:04.45

当時の支配階級は全員漢学を学んでた
国学なんてゴミ以下の扱いで糞以下としか見られなかったからな


22 名無しさん@お腹いっぱい。 :2012/04/12(木) 03:09:53.49

>>21
国学も尊王思想に重大な影響を与えて倒幕の根拠思想にはなっていたがな。

倒幕の大義名分として利用された。高杉晋作が彦島を欧米租界地にさせなかったときに持ち出した日本神話も役に立った。


23 名無しさん@お腹いっぱい。 :2012/04/12(木) 07:40:00.06

儒学と儒教はビミョウに違うんじゃなかった?
儒学者(中国かぶれの場合)は祭祀どうのと儒教っぽくなるが
藩校や寺小屋は教養として儒学ではなかろうか。

それに、国学も朱子学から派生したみたいなものだし。

漢学も朱子学・陽明学・武経七書などなど


24 名無しさん@お腹いっぱい。 :2012/04/12(木) 21:16:11.64

>>23
>>国学も朱子学から派生

・・・派生というより漢学批判と漢学からの独立志向が強かっただろう。

 本居宣長より平田篤胤になると狂信的反漢学になっていった。


25 名無しさん@お腹いっぱい。 :2012/04/14(土) 07:50:08.80

朱子学原理主義が江戸時代の二百数十年程度で済んだこと、
朱子学の総本山である徳川幕府の支配が全国にまで及んでいなかったこと。
このふたつが、倒幕後の日本が速やかに更正することができたラッキーポイントだな。

反対に、李氏による朱子学支配体制が500年にもわたり全国に浸透してしまった朝鮮は、
更正した日本に文明化を施される前には世界最悪レベルの生活・衛生・教育・産業水準だったし、
今でも朱子学の洗脳から解放されずに病的なウリナラ言動で世界中の顰蹙を買っている。


35 名無しさん@お腹いっぱい。 :2012/05/10(木) 08:39:45.49

>>25
>朱子学原理主義が江戸時代の二百数十年程度で済んだこと、
 オイオイ、朱子学原理主義者はだれだい。日本に朱子学原理主義はない。
 科挙もないし、両班もいない。現実に対処できなきゃ人も学問も採用さ
 れない。


26 名無しさん@お腹いっぱい。 :2012/04/17(火) 13:44:03.87

幕末の漢学はシナが阿片戦争で欧米の半植民地になったことを調査分析する上で不可欠の知識だっただろうな。


28 名無しさん@お腹いっぱい。 :2012/04/20(金) 13:24:35.96

国学を軽視してはいかんよ。国語国文教育がなければ国民国家は作れないんだから。


29 名無しさん@お腹いっぱい。 :2012/04/20(金) 14:19:22.08

>>28
どうなんでしょうね~

朱子学の中国ヨイショを日本ヨイショに変えた国学よりも
欧米の学校教育を見聞きして国民国家とその教育を模索したとも言えそうだがな

「最後の授業」をリアルタイムではないが同時代の人間としても読めたのだろうし


31 名無しさん@お腹いっぱい。 :2012/04/25(水) 05:14:14.04

>>28
国学は日本ナショナリズムの思想的支柱みたいなものだからな。


32 名無しさん@お腹いっぱい。 :2012/04/25(水) 12:12:02.44

どれかひとつに絞ろうとせずに、和洋中の知識や文化のいいとこを全部取って融合したのが良かったんじゃないかな


39 名無しさん@お腹いっぱい。 :2012/05/12(土) 13:04:10.15

江戸時代の幕府がやること成すこと馬鹿ばっかりだったから、
明治初期が輝いて見える、ということも知ったほうが良い。

それを「俺は東京者だからお江戸が一番、武士道が正義、明治の改革なんて全て邪魔、全て清貧に塗り替えてしまえ」
なんて文藝春秋社や東京堂書店辺りから電波を出してくる。すると経済は墜落の一途をたどる。


43 名無しさん@お腹いっぱい。 :2012/07/23(月) 23:10:42.96

いやー本当にこの時代の人のポテンシャルと志は凄いと思います。
なによりも人物が優秀であり、逆境でもなんでも乗り越えようと努力しそして乗り越えてしまう。
精神的にもとてつもなく強靭な人たちの時代だったんだと思うよ。
何より明治天皇は凄い。大政奉還でいきなり国の主権を再び握ることになったのに
近代化のために尽力されてそして見事なまでに日本という国の礎を気づいた。
秋山真之や東郷平八郎、夏目漱石、陸奥宗光、山縣有朋、伊藤博文、高橋是清、
天才の豊富さ。日本はこの時代に天才が集中して生まれてきてしまったのかと思ってしまうほど。


45 名無しさん@お腹いっぱい。 :2013/01/03(木) 17:53:04.21

欧米の文物を見てすぐに追いつけるなとしか思わない


49 名無しさん@お腹いっぱい。 :2014/05/19(月) 00:42:06.35

日本の役人との社交 一外交官の見た明治維新 著アーネスト サトウ  (岩波文庫)
P5
 先方の家へ着くと、まずきわめて細い階段をのぼって、せまい入口から部屋へ通される。
私たちはすぐにすわる。主人に向かって頭を畳につくまで下げると、主人も同じようにして礼を返す。
 それから先方は、私たちを部屋の上座につかせようと骨を折るが、こちらは、ここで結構ですと辞退し、
しばらくは礼儀の競争がつづけられる。
もちろん私は、その結果上座、すなわち部屋の最も奥まった(床ノ間)の前にすわらされるのだが、
野口は始めから敷居のすぐ内側にすわったままでいる。
私の関節はまだ日本人のそれのように柔軟ではないので、いつもあぐらをかくことを許された。

 ついで野口は、いともうやうやしく進物の包みをほどき、膝で前へ出て、それを主人と私の間に置く。
日本では品物を包むのに褐色の紙を用いない。どこの家庭にも、大小の布、小さい物は絹か縮緬、
大きい物には緑色に染めた木綿という具合に一組の布がそなえてあり、これが包み紙と同じ役目をするのである。
私は、「まことに、いたって粗末な品ですが、弊国の産物でございますから私は・・・・・・」と言いながら、
進物を静かに主人の方へ押しやる。
これに対し主人は、「はなはだ恐縮です。たいへん結構な品物を頂戴いたしまして、
まことに申し訳ございません」と答えるのがきまりだ。

すると、戸口のところか、部屋の前の廊下の隅あたりでのぞき見している女や、召使、子供たちが、
遠い西洋の貴重な珍品を一目見ようと、鶴のように首を長くのばすのである。


51 名無しさん@お腹いっぱい。 :2014/06/09(月) 11:30:29.42

江戸時代の教育が優れていたということだろう


52 名無しさん@お腹いっぱい。 :2014/07/10(木) 11:09:46.18

そうだなぁ


53 名無しさん@お腹いっぱい。 :2014/07/14(月) 14:46:18.54

製鉄所開業当時の写真が出てきた
そうそうたるメンバーだ
伊藤博文
伊藤伝衛門
平岡 浩太郎
井上 馨
安川 敬一郎
松本 健次郎
C ハーゼ
G トッぺ
麻生 太吉
等々
豪華メンバーせいぞろい


(出典 reki4.com)


56 名無しさん@お腹いっぱい。 :2015/10/22(木) 14:33:55.15

①実質税率は150-200+%まで増大
②一揆と反乱参加規模は戊辰戦争参加者の3-4倍規模で活発化
③大久保批判を例に官軍否定が肯定的に評価された。リアルタイムで
④ペスト流行で死者及び重病者が10万以上
⑤経済政策失敗で貨幣混乱
⑥不平等条約を破棄するは虚言だったので貿易収支減少
⑦役人解体その他で推定5-10%の失業者を新たに作る

維新の賊は売国奴の新プロレタリアートの強盗であったので批判が酷かった。
あれは相当な社会損失がおきて、相対的なGDPは明治中期まで明らかに減少した
あれ北海道開拓とかしないと詰んでたな

ようは維新の賊は
①非暴力革命の公武合体を武力排除して、天皇を傀儡かして懲罰令を話し合いと理解なく強要
②公家と武家を排除すると抜かして自分が新プロレタリアートになり武家や公家以上に凶悪な階級支配とブルジョワ道を邁進
③公家や武家より馬鹿なので、外交、貿易、雇用、税全てに失敗
素人だから社会運営できないよね

でようは新政府の私裁政府は西南戦争で集結してそれから情勢回復するんだよね
維新の十賊こそ
①非暴力の集結と大勢奉還が確立したのに公家と武家に成り代わるために天頃略取を図って討伐例を強要
②内戦誘発と武力排除
③新プロレタリアート
を目指す卑劣な謀略者、私有拡大主義のファシストだったよ


59 名無しさん@お腹いっぱい。 :2016/09/04(日) 03:49:54.20

近代化に貢献できたのは間違いないんだから、やっぱりすごいよな


60 名無しさん@お腹いっぱい。 :2016/09/04(日) 07:39:54.51

十九世紀一の…
政治家 小栗上野介 東京神田
思想家 横井小楠 熊本熊本
実業家 渋沢栄一 埼玉深谷
資産家 岩崎弥太郎 高知安芸
農政家 二宮尊徳 神奈川小田原
兵法家 平山子龍 東京四谷
剣術家 男谷下総守 東京本所
探検家 間宮林蔵 茨城筑波
測量家 伊能忠敬 千葉九十九里
策略家 勝安房守 東京本所
陰謀家 岩倉具視 京都京都
開国家 岩瀬肥後守 東京愛宕
自信家 佐久間象山 長野松代
経世家 海保青陵 東京霞ヶ関
紀行家 菅江真澄 愛知豊橋
砲術家 高島秋帆 長崎長崎
藩政家 渡辺崋山 東京三宅坂
翻訳家 杉田玄白 東京新宿
啓蒙家 福澤諭吉 大分中津
遊説家 坂本龍馬 高知高知
財政家 松方正義 鹿児島鹿児島
民政家 上杉鷹山 東京霞ヶ関
開明家 橋本左内 福井福井
革命家 高杉晋作 山口萩
戦術家 立見尚文 東京八丁堀
尊王家 蒲生君平 栃木宇都宮
随筆家 松浦静山 東京浅草
画家 葛飾北斎 東京本所
作家 滝沢馬琴 東京深川
噺家 三遊亭円朝 東京湯島
医者 華岡青洲 和歌山西野山
為政者 島津斉彬 東京芝
指導者 西郷隆盛 鹿児島鹿児島
独裁者 大久保利通 鹿児島鹿児島
国学者 塙保己一 埼玉児玉
蘭学者 緒方洪庵 岡山足守
教育者 吉田松陰 山口萩
扇動者 藤田東湖 茨城水戸
兵学者 大村益次郎 山口山口
儒学者 広瀬淡窓 大分日田
漢学者 安井息軒 宮崎宮崎
経済学者 山片蟠桃 兵庫高砂
博物学者 南方熊楠 和歌山和歌山
キリスト教教育者 新島襄 東京神田
キリスト教指導者 内村鑑三 東京小石川
西洋哲学者 西周 島根津和野
仏教哲学者 清沢満之 愛知名古屋
自然哲学者 三浦梅園 大分国東
重商主義者 本多利明 新潟蒲原
国粋主義者 平田篤胤 秋田秋田
豪胆者 山岡鉄舟 東京本所
理学者 帆足万里 大分日出
化学者 川本幸民 兵庫三田
求道者 白井亨 東京桜田
英学者 中村正直 東京麻布
本草学者 平賀源内 香川志度




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