ひろいあつめ@歴史まとめ

「ひろいあつめ」が「拾い集め」から「広い、厚め」になるよう
そんな歴史まとめサイトをめざしてます。(^_^;)

    西洋史

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    (出典 s2.booth.pm)

    11世紀以降はイタリア半島から完全に撤退したんで、
    それ以降はあんまり「東ローマ」って感じじゃないからかも…


    1 名無しさん@おーぷん :20/06/16(火)23:43:07 ID:JnF

    なんであんまり東ローマ帝国と呼ぶ人がおらんのや?

    【ビザンツ帝国←これ】の続きを読む

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    (出典 columbia.jp)

    マジらしい…
    闇が深いなw

    ま、「馬鹿野郎」「クソくらえ」ほどの意味か…


    1 風吹けば名無し@\(^o^)/ :2016/07/22(金) 19:05:48.35 ID:WtWwuziQ0.net


    『俺の尻をなめろ』(おれのしりをなめろ)は、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトが
    作曲したカノン形式の声楽曲。1782年にウィーンで作曲された。

    歌詞

    Leck mich im Arsch!(俺の尻をなめろ)
    Lasst uns froh sein!(陽気にいこう)
    Murren ist vergebens!(文句をいってもしかたがない)
    Knurren, Brummen ist vergebens,(ブツブツ不平を言ってもしかたがない)
    ist das wahre Kreuz des Lebens.(本当に悩みの種だよ)
    Drum lasst uns froh und frohlich sein!(だから陽気に楽しく行こう)
    Leck mich im Arsch!(俺の尻をなめろ)

    【【悲報】モーツァルト、"俺の尻を舐めろ"という曲を作っていた】の続きを読む

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    (出典 image01.seesaawiki.jp)

    1812年ロシア戦役のことだね。
    ロシアに勝つ、ならアウステルリッツでも大勝しておるしw

    ロシアが敗れて講和を請えば、1809年のオーストリアと同じ。
    以後、大陸封鎖令は順守され、もうしばらくナポレオンの絶頂は続くでしょう。

    モスクワ陥落に加え、ロシア軍主力を捕捉・撃滅したとしても
    もし講和が成らなければ、それはもうスペインと同じ泥沼状態。
    ただ、ロマノフ王朝は100年早く、この時に終わってたかも知れん…


    1 名無しさん@おーぷん :19/09/11(水)01:37:25 ID:dIs

    どうなってたんや?

    【ナポレオンがロシアに勝っていたら】の続きを読む

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    (出典 pbs.twimg.com)

    それはいくらなんでもねぇ…

    戦力・兵站・情報能力全てで相当…(略)


    1 名無しさん@おーぷん :19/10/05(土)21:30:00 ID:bic

    バトルフィールドは日本の山岳地帯とヨーロッパの平地を
    足したような場所。
    武器は各軍の当時のもので戦い、敵の武器を鹵獲して
    使うことはしないこととする。

    また、武将の強さは大坂冬の陣、ナポレオン軍は
    ロシア遠征時の強さとする。

    【戦国武将とフランスのナポレオン軍が戦ったらどちらが勝つか】の続きを読む

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    (出典 image.space.rakuten.co.jp)

    日本海軍はそもそも潜水艦の運用方針を根本から改めないとムリ。
    攻撃型原潜でも開発したら別だけどw

    ドイツ海軍は多少旧型でも300隻揃えてから開戦していれば
    だいぶ違っていたと言われてますな…


    1 名無しさん@涙目です。 :2019/03/25(月) 12:12:27.63 ID:VFY/6kRo0.net BE:446172865-2BP(2000)


    太平洋戦争の中盤以降、アメリカ軍の対潜水艦能力が向上し、日本の潜水艦の損害が増えていきます。そこで1943(昭和18)年に、日本海軍は水中速力25ノットという潜水艦「潜高型」を構想します。これが実現できれば、敵からも上手く逃げおおせられるはずです。

    こうして期待の高速潜水艦、潜高型は1945(昭和20)年6月までに、伊二百一、伊二百二、伊二百三の3隻が完成し、早速、訓練が開始されました。
    ところが、水中での20ノット近い速度は不安定で、操艦は難しかったようです。また積み重ねて配置された2000個以上もある電池は、温度差が生じ性能は不安定、
    メンテナンスに莫大な手間が掛かる、80回しか再充電できない(一般的な一号十四型蓄電池なら400回)と問題山積で、さらにショートしやすい危険な代物であり、伊二百二はバッテリー火災事故も起こしています。
    エンジンは馬力不足で、充電能力も不十分、そして実際の水中速度は17ノット程度だったといわれます。結局、期待の高速潜水艦も訓練と故障修理、不具合個所の対策改造を繰り返しているあいだに終戦となりました。

    終戦後、アメリカ海軍は日本の潜水艦技術に高い関心を示し、この高速潜水艦伊二百一と伊二百二をハワイに運んで調査しましたが、その高速性能と非常に危険な構造に驚きます。
    https://trafficnews.jp/post/84620

    UボートXXI型
    大西洋の戦いでは、進歩を続ける連合国の対潜部隊に対し、ドイツ潜水艦隊の主力だったVII型やIX型 などの従来型潜水艦は、性能的に不利な状況に追い込まれていた。
    この状況を見た海軍総司令官カール・デーニッツはそれまでのVII型、IX型を主力とした潜水艦の建造計画を大きく変更し、全力で水中高速型潜水艦を建造することとした。
    多数の蓄電池と新たに開発されたモーターの組み合わせにより、本型の最大水中速力は当時の潜水艦としては桁外れの17.5ノットに達した。

    水中行動を主とするこの型の設計思想は、アメリカ海軍のアルバコアやソ連海軍のズールー型潜水艦など、戦後多くの国の潜水艦の設計に影響を与えた。
    また、戦後に接収した本型を使用して行われた対潜訓練では、当時最も優れているといわれたアメリカ・イギリス海軍の対潜部隊を持ってしても本型を探知できなかったという逸話が残っている。
    https://ja.m.wikipedia.org/wiki/U%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%83%88XXI%E5%9E%8B

    【日本海軍が潜高型潜水艦、ドイツ海軍がUボートXXI型を最初から量産してたら勝てた?】の続きを読む

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