ひろいあつめ@歴史まとめ

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そんな歴史まとめサイトをめざしてます。(^_^;)

    悲運

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    (出典 i.ytimg.com)

    源平争乱期は悲劇のオンパレードだわな…

    ちなみにワタシは、
    静御前より正室・郷御前のほうが地味な分、憐みを感じる。

    郷御前(さとごぜん、仁安3年〈1168年〉 - 文治5年閏4月30日〈1189年6月15日〉)は、平安時代末期、鎌倉時代初期の女性。武蔵国の豪族、河越重頼の娘。母は源頼朝の乳母である比企尼の次女(河越尼)。源義経の室(正室)。頼朝の命により義経に嫁ぎ、頼朝と義経が対立したのちも義経の逃避行に従い、最期を共にした女性とされる。
    9キロバイト (1,508 語) - 2019年5月5日 (日) 13:56


    1 日本@名無史さん :2020/04/19(日) 22:22:42.83 .net

    日本史上誰がいる?

    【悲劇のヒーロー・ヒロイン】の続きを読む

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    2012-03-14-1b

    酷なようだけど、少なくとも元服・成人してたヒトは
    自力でどうにかできた可能性が皆無じゃないからね。

    そうなると有名なところではこの御方かなぁ

    安徳天皇…

    親の心情としては、生き残ってしまった
    建礼門院さまの方がよっぽどお気の毒ではあるが。

    安徳天皇(あんとくてんのう、安德天皇、1178年12月22日(治承2年11月12日) - 1185年4月25日(寿永4年3月24日))は、第81代天皇(在位:1180年3月18日(治承4年2月21日) - 1185年4月25日(寿永4年3月24日))。 諱は言仁(ときひと)。 高倉天皇の第一皇子。母は平清盛の娘の徳子(後の建礼門院)。
    35キロバイト (4,892 語) - 2019年1月9日 (水) 09:13


    1 日本@名無史さん :2016/03/28(月) 00:31:08.10 .net

    時代構わず

    【日本史で不憫な奴あげてけ】の続きを読む

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