(出典 himahima1.cocolog-nifty.com)

踏まなきゃ死罪で、
「生きて心の中の信仰を守る為にあえて踏もう…」と思っても
踏んだら隠れキリシタンの会合(?)で後々村八分にされるんか…

それが事実だとしたら
幕末まで残存していた隠れキリシタンは
先祖代々、どうにか踏み絵(絵踏み)を逃れていたってこと?

あるいはキリシタンの内部ルールで
「やむを得んから、踏んでもOK」と示し合わせたかw

ちなみに、「浦上一番崩れ」は1790年(寛政2年)から起こった信徒の取調べ事件、「浦上二番崩れ」は1839年(天保10年)にキリシタンの存在が密告され、捕縛された事件、「浦上三番崩れ」は1856年(安政3年)に密告によって信徒の主だったものたちが捕らえられ、拷問を受けた事件のことである。これより前にも「大村郡崩れ
14キロバイト (2,286 語) - 2018年9月10日 (月) 09:58


1 風吹けば名無し :2019/06/02(日) 07:18:53.08 ID:ki2f7Czb0.net

ワイなら普通に踏んで家帰ってからキリスト拝むんやがいかんのか?

【江戸幕府「キリシタンかどうか踏み絵をやらせるか…」←コレ】の続きを読む