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四国の雄・長曽我部元親の四男

司馬遼太郎 著の「戦雲の夢」では、
人間味にあふれる武芸達者な好男子にして
時の運に恵まれなかった人物として描かれていたけど…

実態は不明であるが、
司馬氏になぜか愛されたヒトであることだけは確かw

長宗我部 盛親(ちょうそかべ もりちか)は、安土桃山時代から江戸時代前期の土佐国の大名・武将。長宗我部氏第22代当主。長宗我部元親の四男。戦国大名としての長宗我部氏の最後の当主。 父・元親の死後に長宗我部家の家督を継ぐ。関ヶ原の戦いで西軍に属すが、敗色濃厚と見て戦わず帰国し、徳川氏に謝意を表した。
20キロバイト (2,684 語) - 2018年8月20日 (月) 11:57


1 日本@名無史さん :2006/03/11(土) 19:59:35

大坂の陣で豊臣方として奮戦するも、敗北し捕らえられ引き回しのうえ斬首。
息子5人全員も皆殺しにされた悲劇の武将・長曽我部盛親について語ろう。

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